じゃそれで(Up to you)

オーストラリアで旅をしながらお仕事をする生き方を実践しています。

根拠のない固定概念を手放していく

先ほどの記事を書いた後、

自分を他人(社会も含めて)と比較するということについて考えていました

 

他人と比較することで頑張れるという面もあれば、焦燥感に駆られたり、凹んだりするという面もあります

 

僕は本当にこれまで他人と比較して生きて来ましたが、

その時その時だけを切り取ると良いことだって沢山ありました

その多くが「他人に優った」ということに集約されます

 

ですがトータルで見たときに、他人と比較することが

本当に僕にとってプラスになっているんだろうか?と考えるとそうは思えません

 

 

「勝つと嬉しい」「負けると悔しい」という一見当たり前のような固定概念を僕は捨てたいです

このことに無意識でいると、僕はすぐに他人と比べ「どうだこうだ」と考えている自分に気がつきます

 

あまりにも多くのことが「他人との比較」前提でありすぎると感じます

日常に比較が浸透しすぎているように思います

 

みんながしている(していない)からするという思考や、

平均やバランスを取ることが良いこととする価値観。

それに合わせられない人は劣っているという自覚を持たざるを得ません

 

この間、書評を書いた 佐渡島庸平さんの『WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE』のことをふと思い出したのですが、

 

僕はなんで周りに友人がいないことに不安を覚えていたのだろう、と思うと

「みんなはいるのに」という思考が働いていることに気づきます

 

でも「みんな友達がいる」ということと「僕に友達がいる」ということに

直接的な因果関係はないわけです

 

この本はむしろ「LONELY(孤独)」が前提であるという気づきを与えてくれました

 

それに友達がいて楽しいなら友達を作れば良いし、友達がいても別に楽しくないなら作らなくても良い

人によって好きな食べ物が違うように、人によって居心地の良い人間関係も違います

 

だから僕は、この本を読んだときに孤独が前提であるということにしっくり来ました

 

 

僕らの固定概念や常識は学校や大人や社会によって作られましたが、

それが必ずしも正解であったり、自分の持って生まれた性質に適切であるかどうかはわかりません

 

僕の場合「友達がいたほうがいい」という固定概念を持っていましたが

それは僕には合っていませんでした

 

それよりも自分の気になることや楽しいことを探求したほうが本質的に楽しめるのに、

自分の固定概念で自分の行動に制限をかけて、訳もわからず苦しんでいたように思います

 

以下に僕が無くそうと努力している固定概念を書きます

・お金は使わないほうがいい

・友達はいたほうがいい

・痩せていたほうがいい

・お金持ちのほうがいい

・定職についていたほうがいい

・笑顔で明るいほうがいい

・他人に勝つほうがいい

・しばらくは我慢したほうがいい

・みんなが僕を好いてくれたほうがいい

・怒られるのはダメだ

・逃げるのはダメだ

・友人の誘いは断ってはダメだ

 

今思いつくのはこんなもんですが、つまり「今まで持っていた根拠のない固定概念を手放していく」ということなのだと思います