じゃそれで(Up to you)

オーストラリアで旅をしながらお仕事をする生き方を実践しています。

イッツ・バイブル!

この日はオーストラリア生活で二度目の金曜日だった。昨日からの逡巡には一晩明けたとて答えを見いだせるわけではなく、僕の心情はここ最近、毎日深夜から明け方まで必ず雨が降る天気に比例するように曇っていた。

 

そんな調子でもさもさと寝起きにシリアルを食べ、登校する事にした。

降っているのか止んでいるのか分からない天気のために自転車で行くか否かの二者択一に悩まされる事になった。この際バスでクレジットカードが使えるかどうかを試して見るためにバスを選ぶ事にした。

 

僕が自転車を買ったことを理由にバスにはできるだけ乗りたくないと言うことは前述したのだが、それ以上に嫌だったのが小銭の扱いであった。と言うのは、ここオーストラリアに来て以来、ろくに物を買っていない僕の手元には100ドル札と少量のコインしかなかった。

小銭でのやりとりを主とするスーパーやバスではこの大きな札が嫌がられるだけでなく、突き返されることもあるのだ。そのためバス停で待ったところでこの100ドル札が受け取ってもらえるのかどうか、もし受け取ってもらえなかった場合、あまり使いたくない貴重なコインを使わなくてはならなくなる。

それに100ドル札を崩せばいいじゃないかと言う見方もあるのだが、細かい金のやりとりに使用しづらいと言う特性上、必要でもないのに高額な物を購入しなければならないのだ。

ちなみに銀行で崩すことはできるらしいので、それを怠っていた僕の失態でしかない。

 

正直、どうでもいい悩みに呆れられていることだと思うのだがここ豪州で、この100ドル札の使い勝手の悪さにストレスが溜まる一方だったのだ。

 

結果として、カードは使えず100ドル札は跳ね返されたため、大事にとっておいた4ドル、つまり2ドルコインを二枚をここで使う事になった。帰る前にどこかで100ドルを崩さねばならない。

 

 

 

 

1週間ぶりのバス登校は優雅なもので、片道約40分程度の時間を読書に当てることができた。といっても優雅なのはバスに乗っているときだけで、8時57分にバス停に着いてから授業開始の9時に間に合わせるためにかなりの小走りを要したのだが。

 

 

この日は週の最終日ということで、テストと卒業式を兼ねる。テストでは難易度が高い問題に正解しておいて、今だに冠詞「a」とか「the」の使い分けで点数を落としまくっていた。おそらく僕には来週の進級はあるまい。

 

 

 

昼休みはいつものごとくカフェテリアでジョセフィーナのサンドウィッチをつまみながら、昨日の日記を書く。このサンドウィッチを、今日は寝坊したらしき彼女が3分程度で作ってしまったのには正直驚いた。

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日記を書くことで自分の思考が整理できているように思っていたのだが、ここ最近はどうやら迷宮に迷い込んでいっているように思えてならない。逡巡を逡巡するままに書くことで日記の量は毎日膨大になっている。おそらくこの日記を最後まで読んでいる人はかなりの物好きだ。

 

いつものごとく昼休みには書ききれない日記を途中保存して、僕は午後の授業に向かった。この日はこのクラスから2人卒業生ができるようで、何故か授業中に担任のロジャースに『See You Agein/Wiz Khalifa』を二回歌わされた。まあ、僕を含めラテン系はノリノリだったのだが。

 

卒業式と言っても出会って3年、というわけでもあるまい、そう感極まるものかと思ったが、音楽効果も合間ってか少しだけ寂しい気持ちになった。

 

 

 

放課後はカフェテリアで日記の続きを書こうと思ったのだが、学校から出されてしまった。どうやら金曜日は特別らしいのだが、今週から日記をカフェテリアで書くという習慣を始めた僕は知らなかった。仕方なく、海辺の野外バレー場でビーチバレーをこれから友人達とするというサラというバッチメイトの女の子とその会場まで歩いて行く事になった。

この日は午後9時前に再び学校前に集結し、学校主催の無料ピザ・ビールパーティに参加する予定だったので、その時間までどこかで道草をする必要があったのだ。ちなみにこのパーティに参加することを決めたのは、卒業生が参加すると聞いたからに他ならない。

 

 

同い年で同じ日本人のサラと歩くと、やはり話題は互いの身の上話となる。交わす言葉は互いに英語だが。

 

「サラはどうして英語を勉強してんの?」

「旅をするのが好きだから、とりあえず英語かな、と思ってね」

「そうなんだ。僕もそんな感じだけど、僕の場合は建前かも」

「建前ってどういうこと?」

「仕事を辞める時に言い訳が欲しかっただけかもしれないということだよ。その時

 は思ってなかったけど今はそうだったんじゃないかと思ってる」

「それは私も似ているかも。私は日本に合わなかったから。」

 

思わず暗い話になってしまったので、僕は話題を別の方向に変えた。

 

「サラは旅好きって言ってたよね?今まで行った国で一番良かったのはどこ?」

ベトナムか台湾かなあ。どっちも物価が安いのが魅力(笑)」

「台湾って物価安いの?知らなかった。僕も友達がいるからいつか行きたいなあ」

「日本と比べたらね。ヒラはどこが好き?」

「僕はそんなに多くは海外に行ってないけど、居心地の良さで言えば広島の尾道

 フィリピンのドゥマゲテっていう島かなあ」

「広島なんだ。ちょっと意外。ドゥマゲテってどこにあるの?」

「セブより南の島の中の都市だよ。僕は市場とかが好きだから、そういうのが盛ん

 な場所が好き。後はそこで友達の家族に何度かお世話になったし。」

 

僕は、ここ最近の逡巡の種の一つ、自分が何を求めているのかということをサラに聞いてみた。

 

「サラはさ、旅とか、こういう留学とかに一番はどんなことを求めているの?」

「うーん、なんだろう。住みよい場所を見つけることかな。」

「それは僕も同じ。後は人と出会って喋ったりすることとかかな。『いざ、出会う

 ぞ』みたいなお膳立てされた場所じゃなくて、偶然の出会いが発展すれば嬉しい」

フォレスト・ガンプ、だね(笑)」

 

僕は突如の名作映画のタイトルの出現に意味を図りかね、聞き返したところ、フォレスト・ガンプという言葉は日本でいう「一期一会」ということになるらしい。

 

 

 

そんな話をしながら海沿いの道を歩いていると野外ビーチバレー場に到着した。僕はやるつもりがなかったのだが、どうやら僕が入って丁度偶数になるようで致し方なく参加をした。もう想像に容易いと思うのだが、結果的に普段着のままスライディングレシーブを決めるなどかなり奮起してしまった。

 

丁度良いタイミングで後続のメンバーにポジションを明け渡し、僕は日記の途中をどこか海沿いで書くことにした。その間、僕は日記がスムーズに進まなかった。

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この留学で出会った日本の同士達の「日本は合わない」「海外の方が暮らしやすい」という言葉がフィリピンから頭にこびりついているのだが、先ほどのサラとの会話でそれが再燃したのだ。

 

僕も少ないながら2ヶ月のフィリピンでの生活で、暮らしやすいと思ったことは何度となくあった。しかし僕はそこまで割り切ることはできない。住み良い場所に尾道を挙げるだけあってやはり日本が好きなんだ。何よりも半ば逃げるようにして前職を去ったという自意識は周りにどう見えていようと自分にとっては割り切れない過去となっていた。だからこそ様々な経験を日本、海外問わず積んで成長して、もう一度、日本で挑戦したいという気持ちを持ち続けている。それに自分が見た環境だけで一つの国を判断してしまうことも早計だという気持ちがあった。僕の友人にや先輩、後輩達の多くは生き生きと仕事をしているように見えるし、自分の実力が足りなかったのだと思わざるを得ないのだ。

これは逃げることがダメだったとか、そういう弱々しい感情ではなく、もう一度自分を鍛え直して再挑戦したいという気持ちである。精神と時の部屋的な気持ちである。

 

だからこそ日本が合わない、海外の方がいいと言える彼らにはどんな過去があるのだろうとか、皮肉ではなく素直にその割り切りが凄いと思っていた。もしかすると海外に住むということに対してここまで特別視をしているのは僕だけなのかもしれないが。

 

 

 

そんなこんなで日記が完成したのは5時前。2時間ほど格闘した結果、昨日の雑多な日記が出来上がったのだ。

 

僕はここで何を血迷ったのか家に帰るバスに飛び乗った。帰りにウールワースというスーパーでちゃっかりとチョコレート菓子を購入して小銭を作ったので、もしかすると冷静だったのかもしれない。

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集合時間は9時、現在5時。待とうと思えば待てる時間だったのかもしれないが、僕はこの空白の時間というのが苦痛でたまらない。よって少しでもその時間を潰すべく一度家に帰り、再度自転車に乗ってこようと考えたのだ。

 

帰りの車内でチョコレートを食べながら、僕は6時前に帰路についた。

 

家に帰ると、ジョンとジョセフィーナはすでにカジノに出かけている。本当にカジノ好きの夫妻である。と言ってもラスベガス的なものではなく、近所のおじさん、おばさん達が小銭を握りしめて入っていく様子がなんとも親しみやすい賭場である。

 

どうやら僕が帰宅したと同時に食事を終えたらしいトムとポーラがいたので、僕は前から気になっていたあることを彼らに聞くことにした。

その気になることとは、なぜベジタリアンになったのか、ということである。

 

近年、日本でも増えていると言われているベジタリアンだがどうにも肉食の僕には馴染みがない。それにベジタリアンになる理由だって、ダイエットを目的としている者もいれば、確固たる思想信条の元、動物の屠殺を拒むためにしている者もいる。

僕は彼らと同じ食卓に着く以上、その理由を聞いておきたかった。もし彼らが後者の場合、彼らの目の前で動物の肉を食べるという行為は失礼に思えたからだ。

 

別々の場所にいた彼らのうち、まずはポーラに尋ねてみた。

「前から聞きたかったんだけど、ポーラはどうしてベジタリアンなの?」

「私は健康のためよ。だから菜食をしているのも2ヶ月前からだけ」

「そうなんだ。じゃあ菜食歴は浅いんだね。と言っても僕は2日も我慢できないだ

 ろうけど(笑)。今も肉は食べくなる?」

「今はもうならないなあ。医者に止められてるしね。」

「そうなんだ。我慢してるのに、目の前で肉を食べるのはなんか申し訳ないな…」

「そんなこと気にしないで。もう慣れたからね。」

「そっか。ありがとう、ポーラ!」

 

 

次に僕はトムに尋ねた。

「トムはどうしてベジタリアンなの?」

「イッツ・バイブル!」

 

嘘のようだが、彼は僕の問いかけに対してこう返してきた。

敬虔なプロテスタントであるトムはどうやら聖書をきっかけにベジタリアンになったらしいことを僕は悟った。

 

そこから僕は聖書をテキストとした授業を受けることになる。もちろん講師はトムだ。ポーラは割と早い段階で僕たちの姿を横目に孫に会いに行ってしまった。

 

 

「DANIEL」と題されたパートを読むと、どうやら偉い王様が家来達をより賢く、ハンサムで、強靭な精神に鍛え上げるために、十日間ベジタリアンになるように命令したらしい。その結果、家来達は見事成長を遂げる。トムもその話に倣いベジタリアンとなったらしい。

僕とすればそこで満足だったのだが、そこは敬虔なプロテスタントのトム。講義はそう簡単には終わらない。僕が聖書を音読した後に、身振り手振りを交えたトムの解説、という白熱授業を夜間2時間弱に渡って執り行った。その間、僕は空腹を抱えてながらトムの話を聞き、トムは何かしらをつまみながら語るという、かなり辛い状況だった。

僕は途中から今日のピザパーティを見送ることを決めていた。最早、今から行ったとて開始には間に合わぬ。空腹にも耐えられそうにない。こうなれば家で飯を食って、トムの講義をじっくり聞こうじゃないか。

 

 

そんなこんなでトムの講義は8時過ぎまで続いた。僕は聖書を語るときの少年のような熱さを持つこの50過ぎの男を可愛らしく感じてきていた。

そんな流れから明日の土曜日にあるプロテスタント教会の集まりに僕もついていくことになった。フィリピンで教会というものに興味を持った僕は、豪州の教会がどんなものか見てみたかったのだ。

 

 

講義が終わり次第、トムはポーラの後追いでさっさと孫に会いに車で出てしまった。一方僕は夕食を食べた後、さらに話を聞いてみようと思っていたのでかなり拍子抜けした。

授業の効能か、僕はかなりの眠気に襲われこの日はジョンとジョセフィーナの帰りを待つことなく寝てしまうことにした。