じゃそれで(Up to you)

オーストラリアで旅をしながらお仕事をする生き方を実践しています。

トムの後悔

オーストラリアでの生活も今日から3週間目に入った。4週間の語学学校は丁度折り返しである。

2週間目の午前8時、ケアンズ空港に到着し、無愛想なドライバーに言われた「目標がなければ遊び呆けて終わるよ」という言葉を久しぶりに思い出しながら学校へ向かう準備をしていた。

 

 

この日もあいにく、というかもうお馴染みの雨でバス登校をすることになった。少々高くつくが、この時間を読書に充てられると思い込むことにして素直にバス停に向かうことにした。そう言えば僕の家の最寄り駅は「ココナッツビレッジ」というのだが、これまで一度も一発で伝わったことがない。発音を矯正する必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

月曜日は入学生を迎えるタイミングでもあり、進級のためクラスメイトと別れるタイミングでもある。このタイミングで愉快なチリ人2人とは別れてしまったことは多少残念である。僕もこの1週間は、進級を目標に頑張ることにしよう。

その代わりに今週ともにチーズタッカルビ会を開くジョンが入ってきたことは僥倖といえよう。

 

 

 

放課後はいつもの如くカフェテリアで昨日の日記を認める。僕なりに昨日読んだお金についての本を読んだ考えを書いてみた。それでもまだ自分でも眉唾というか、肌感覚でわからない部分がたくさんあって、実践しがいがありそうだと感じた。

 

 

5時前に僕はギリギリで日記を投稿し学校を追い出される。この時間ならばバスの時間にも余裕がありそうだ。ウールワースにでも行ってチョコを買って帰ろう。そう思ったのも束の間、全くズレた時間帯にバスがやってきたので飛び乗ることを強いられた。

 

 

 

家に帰ると皆が忙しく動き回っていた。

そう言えば今日明日でトムとポーラがこの家から出ていくのだった。遅ればせながら僕も引越し準備に参入した。といっても積み込みはほぼ後半戦でダンボール一つを乗せ終えた後はオタオタとしてただけだった。

 

この日はジョンとジョセフィーナの息子、レイモンドが休暇で帰ってくる日でもあった。そこで僕たちは初対面を果たした。

大工であるレイモンドはジョンに似て身長が高く二の腕の太さに至っては僕の2倍ほどもありそうだ。にしても伸びた黒髪が目にかかり、声もその容姿からは想像できないほど細く、何処と無く繊細な印象を受けた。必ずしも外見と中身が合致している必要はないのだが、ジョセフィーナから散々、その筋骨隆々ぶりを聞いていた僕は勝手に壮健な男性をイメージしていたのだ。

 

 

引越しの積み込みと挨拶を済ませた僕は夕食の卓に着く。今日はレイモンドが帰ってきているからかどうかは分からないが肉料理が中心であった。僕がオーストラリアに来て推している極太のウインナーと牛のランプ肉のステーキ、それと付け合せにもやしとひき肉の野菜炒めだ。

ウインナーは脂身が結構量含まれていて噛むと肉汁が溢れてくるほどだ。張りのある皮と噛みごたえのある軟骨がメリハリのある食感を作っている。味付けは濃いめでニンニクが含まれているからか凄く香ばしい。一本でも結構な大きさがあるので、ご飯好きの僕ならば一本でご飯茶碗一杯も優に平らげることができる。

牛のランプ肉はしっかりと焼かれているので身が固く、それでもってしっかりと旨味が凝縮している。味付けがされていないにも関わらず、僕はこのランプ肉を食べた時「甘い」と感じた。しっかりと焼かれているため必要以上の脂身が落とされているのだけれど、上手い具合に赤身と脂身のバランスが取れていてかなりいける。

もやしとひき肉の野菜炒めは、前述した肉料理の箸休め的に食べるのに最適なおかずだった。

 

 

 

夕食を食べ終わるとトムとポーラが丁度新居に積み込んだ荷物を運び込みにいくというので僕も手伝いにいかせてもらうことにした。フォレスターに乗るポーラとピックアップカーに乗るトムと僕の二手に別れて向かうことになった。車内ではトムと他愛もない話をしながら新居へと向かう。

 

「ヒラ、最近語学学校はどうだ?」

「うーん、もう少し難しい内容をやりたいかな。来週が最終週だから今週にでもも

 う一つ上のレベルのクラスを先生に頼んでみようと思ってるよ。」

「お前は喋りは結構イケるからな。これまで来たホームステイのボーイ達よりはだ

 いぶ喋れるよ」

「といってもグラマーは正直あやふやなんだけどね。それが今週進級できなかった

 理由だと思っているよ。それにまだまだブリティッシュイングリッシュは聞き取

 れないよ。」

 

 

何を生意気にと思われるかもしれないが実際この時のクラスでは中学生中期の英語の基礎固めのような授業になっており、これまでの内容の復習という感じになっていた。もっと難しい内容で困るぐらいの経験をしたいと思っていた僕にはその欲求を満たすには不十分な内容だった。

といっても僕のグラマーが不十分な手前、先生としても次の段階に行かせるのには後一歩足りないということなのだろう。要するに僕の実力不足なのだ。

 

 

 

そんな会話をしているうちに新居に到着する。この新居もシェアハウスなのだが、前回と違うのは完全に住居エリアが分断されているということだ。ということで家の半分だけ電気のついた新居の前に僕たちは降り立った。

夜間ということもあってかあたりはとても静かだ。車通りも少なく閑静な住宅街といったところか。

一階はガレージで、二階が住居スペースになっているため僕たちは階段を上がり家の中に入った。綺麗に掃除されていたため下履のまま入ることが憚られたがポーラ、トムに倣いそのまま入ることにする。

車二台分の荷物を部屋にとりあえずどんどん入れていき、その後は裏口からバックヤードに回った。広い裏庭にはシェアハウス共用の洗濯物干しスペースなどもあるが、それだけでは余りあるほどの広い敷地があった。さすが豪州である。

 

裏庭から一階のガレージに入る。ガレージは住居スペースの真下にあるので、住居スペースの広さがそのままガレージの広さとなる。敷地で言えば車を5台ほど止められそうな気がするが多数の柱が邪魔をしてどうにも止めやすそうには見えない。これも二階を支えるためには仕方がないのだろう。ただ物置スペースとしてはかなり有用そうだ。

 

 

 

ここにピックアップカーに乗せてあったコンテナ6台を平積みする予定だった。しかしここで想定外の出来事が起きる。なんとトムのピックアップカーがギリギリ、ガレージの間口より広く、車庫入れできないのだ。もう少し工夫の余地はありそうだが、止められたとしても毎回の駐車にかなりの集中が強いられるのは積もり積もればそれなりのストレスになるだろう。家を契約する前に確認をしなかったのだろうか、と僕は彼ららしい失態に思わず呆れてしまったが表情には出さないようにした。

 

 

無事、荷物の積み入れを終えて再び家の中に入り戸締り確認をする。トムは新居の中を見ながら何やら感慨深そうな表情をしていたので、僕は空気を読んで一人先んじて外に出ることにした。ただこの表情の訳をこの時の僕は知る由もなかった。

 

 

 

外で5分程度待ったところでポーラとトムが出て来た。新居の門を出たところでトムが驚くべき言葉を発する。

 

「俺、この家好きじゃない」

 

この時、ポーラと僕が驚嘆したことは書くに及ばない。なぜならシェアハウスといえどこれから夫婦が新生活を始める初日に吐く言葉だとは思えなかったからだ。

 

とにかく僕達は車に乗り込み、理由を尋ねてみる。

 

「なんでこの家が好きじゃないんだよ?いい家じゃないか」

 

「だって車が入らないし、住居スペースも狭いだろ。それにユニットバスってのが

 気に食わない。俺はジョセフィーナの家と似た作りの家がよかったんだ。俺はあ

 の家が好きなんだ。」

 

 

僕は正直、この言葉に何も言えなかった。もちろん聞きたいことは沢山あった。

なぜ車が止められるか事前に確認しなかったんだ。

なぜ今更住居の広さについて今更文句をいうんだ。

なぜセパレートにこだわらなかったんだ。

 

そして何より、契約前に確認をしてるはずではないのか、という疑問にぶち当たった。しかしそんなことを今更僕が言ったところで問題が解決するどころか、トムの傷心をさらに抉ってしまう気がした。だから僕はトムの次の言葉を待っていた。

 

 

トムは重い口を開く。

「ポーラが『良い』と言ったから俺はあの家に決めたんだ」

 

「そう言っても、トムも一度は確認したんじゃないのか?」

 

「いや、俺は今日が初めてなんだ。だから外見以外は知らなかったんだ。」

 

 

僕は正直、呆れてものも言えなかった。この陽気なコックアイランド人は、家も見ずに契約しただけでなく白物家電を買い揃えたというのか。バカな。それにポーラに家選びを一任しておいて、文句をいう筋合いなどなかろう。

僕はトムに対して思うことはあったものの、そんなことを言う立場でもなかったので黙るしかなかった。

 

 

家に帰ると、ポーラはどこかしょんぼりとした感じで一人、そそくさと風呂に入りに行った。一方、トムはジョセフィーナと楽しそうにテレビを見始めた。内心穏やかではなかったのは僕だけだろうか。ジョンとジョセフィーナ、トムとポーラを見ているとなんとなくその微妙な関係性に違和感を覚えるときがある。

例えば洗い物で言えば必ずジョセフィーナがする。それにジョンは配膳や食器の後片付けなども全てジョセフィーナに任せきりだ。ポーラもこう言うときにトムのわがままに文句を言えば良いものを黙っていると言うのは不思議だ。男尊女卑、とまでは言わないのだがなんとなくこの家では男の方が強いような気がする。まあ、人様の家庭にどうこう言うつもりは全くないのだが。

 

 

しばらくすると僕だけ感じていたかもしれない不穏な空気も解消され、皆は午後11時からのサッカーW杯に見入っていたので少しは安心した。それと同時に、トムとポーラの新生活が幸せなものになるように僕は心密かに祈るのだった。

 

 

 

夜は久しぶりにクリスと電話をした。仕事仲間とルームシェアをしている彼女の電話口は相変わらず騒がしい。ルームメイト達とも少しだけ会話をした。一緒にドゥマゲテに言ったエレンや、クリスとともにセブの夜の街を遊び歩いたアイリーン、エレーナは一度ご飯を食べに行っただけだけれど僕のことをしっかりと覚えていてくれた。何やら晩御飯を作っているらしい。と言ってもインスタントラーメンらしいが。

クリスとはいつ韓国に行くかと言う私たちにとって最も重要な議題の一つと言ってもいい話を長々と話し合った。と言いながら食べ物の話ばかりをしていたような気がするが。

やはり航空券を入手すると言うのが彼女にとってはネックのようで、プロモ(割引)チケットを見繕わなければならないらしく、そのためにはある程度の期間を覚悟しなければならないらしい。それについては僕も重々承知していた。旅行をする上で航空券の値段というのは本当にネックだ。この間のタイ旅行で言えば宿泊費がかからなかったこともあり、滞在費よりも航空券の方が高くついたほどだ。ブラジルの友人ができたことがきっかけでオーストラリアからブラジルまでの片道チケットを調べて見たが、ちょっと調べたところアベレージ14万円ほどするではないか。全くLCCとは名ばかりで、全くロウではないと一人息巻いていた。

 

とりあえず旅行について一先ずの結論が出た僕たちは、通信料もバカにならないので電話を切りそのタイミングで僕も寝ることにした。