じゃそれで(Up to you)

オーストラリアで旅をしながらお仕事をする生き方を実践しています。

チタパ

 この記事を書くにあたり、僕はチーズタッカルビパーティの略称をしばらく考えていた。たこ焼きパーティはタコパ、ピザパーティはピザパ。パエリアパーティとか言う全く認知度のないパーティですら、「パエパ」という昨今の略称ブームの中、我々が開催したチーズタッカルビパーティにも略称があってしかるべきだと考えたのだ。

 

 チズパ…タッカルビ要素がないのでボツ

 タカパ…チーズ要素がないのでボツ

 チータカパ…語呂は悪くないが少々長い。三音で表したい。

 

 そんな逡巡の結果、それぞれの頭文字を取ることで無理やり名前を付けた。「チタパ」だ。割と語呂が良く気に入っている。さて、本題に入ろうと思う。

 

 

 

 

 昨晩の酩酊は翌日にまで尾を引き、アルコール分解によって引き起こされた水分不足が喉の渇きとなり夜中に何度も目を覚ました。酒宴から帰った直後にベッドへと直行したために、体はべたべたとして目を覚ますたびにその不快感に悩まされることとなった。

 

 

 そんなこともあり翌日土曜日は遅めの起床だった。この日は友人達と約3週間越しの約束でチーズタッカルビの酒宴に参加する予定があったが、それも夕刻からの催しとなるため多少はゆっくりとできそうだ。午前十一時から彼らは集まって何やらするようだったが、二日酔いの僕はパスさせてもらって、チーズタッカルビ会に間に合わせようという魂胆だ。

 

 目を覚ますとまずは汗と煙で粘着質に感じられる体をシャワーで流し、朝食を食べる。トムもそこに同席をした。彼は十文字に切り込みを入れたオレンジを二つほど僕に与えてくれたため、それとトースト、コーヒーを以て朝食とした。

 明日引っ越してしまうトムとは、こうやって食卓を囲むのも残りわずかだ。若干の感傷に浸る僕をよそに、トムは10個ほどの、同じく十文字に切り込みを入れたオレンジに齧り付いていた。

 

 

 

 朝食を終えた僕はひとまず出かけることにした。このまま家でダラけていてはチーズタッカルビ会すら見送りしてしまいそうだと思ったからだ。外でグタグダと読書でもして、頃合いを見て彼らに合流しよう。土曜の午前からジョセフィーナに世話を見てもらうことも気が引けたので、僕は慣れない手つきでサンドウィッチを二つ作った。ただ結局、ジョセフィーナ監修となってしまったことは言うまでもない。

 

 

 バスでケアンズ中心街に降り立った僕はその足で海沿いに向かう。いつもの事だが僕は海沿いで寝そべりながら読書をするのがケアンズに来て以来の唯一と言っても良い趣味となっていた。日差しは暑いがベタつきのない風が日照を中和してくれる。ここになら何時間でもいられるという場所があった。

 

 

 昨日には『珍夜特急セカンドシーズン』(クロサワ・コウイチ/クロサワ・レンタリング)を読み切ってしまっていた僕は名残惜しくも他の本を探していた。そこで『インドクリスタル』(篠田節子/角川文庫)という小説を購入した。先日、SNS上の読書好きコミュニティに参加していた僕はそこで「骨太なネゴシエーションと紀行文的側面を持つスリルある一冊」というレビューが目にとまり、特に紀行文に随分執心している僕は見逃すことができなかった。他にも読んで見たい本はあったのだが、購入できるのは電子書籍対応のものに限られるのがとても残念だ。

 

 

 内容はこうだ。スマホの画面に使われる人工水晶メーカーが、その原料を求めてインドの鉱山を探し求める。そして主人公は日本人からすれば理不尽な文化や階級制度などに苦労しながら、ようやく求めていた鉱山と、その鉱山を御神体として奉部族の村を見つける。それから主人公は大きな事件に巻き込まれて行くことになる…。物語の展開も去ることながら、インドの文化的側面に対する描写がとても面白い。確かにこれは「紀行文的側面」を持つ一冊である。それに百戦錬磨の経験を持つ主人公とインドの商人やヤクザまがいの人たちとの交渉劇は、半沢直樹シリーズを彷彿とさせる熱さがあった。上・下2巻のボリュームなのでこの土日を使って読み切ることにした。

 

 

 

 物語にひと段落をついたところで何となく電波受信をオンにしてみた。僕が使っているSIMカードには使用限度が設定されており、普段はオフにしておかないと気づけば通信量がとんでもないことになってしまうのだ。

 すると今日、同じく会に参加する友人から連絡が入っていた。僕が今、ラグーン(チーズタッカルビ会を催す会場の名前だ)にいるかどうか、もし入れば席取りをしてほしいとの旨だった。

 

 当然、僕の頭上には五つほどの疑問符が浮かぶ。

ーーん?なぜこんな早い時間から場所取りをする必要があるんだ?しかも友人達は

  11時に集合した段階ですでに食材を購入し終わっている、と書いてある。ど

  ういうことだ?

 

 「!」瞬時に僕の頭でこの疑問が解消された。

 

「チーズタッカルビ会をするのは今からか!」

僕は思わず体を跳ね起こした。てっきり11時から集まって遊びまわり、疲れ果ててからチーズタッカルビを食べようとしているのだと思っていた。そうではなくて昼から集まってやる算段だったのだ。そしてそれに気づいていなかったのは僕だけだ!

 

 急いで僕は今から向かう旨を返信した。幸い他の友人がすでに場所取りを終えてくれていたようで、場所については大丈夫そうだ。しまった、僕としたことが。ついつい「パーティ」「会」という響きから夜な夜な集まって酒杯を酌み交わすものだと勘違いしてしまった。今回についてはどちらかというとバーベキュー的な会合だったのだ。

 

 そうとなれば急いで向かわねばならない。幸い僕の読書スポットからラグーンまではそうかからない。若干の二日酔いを引きずっていた僕は、付近のリカーショップでビールだけ仕入れて向かい酒をしながら向かうことにした。

 

 

 

 

 会場に着くとすでに下準備はあらかた済んでしまっていたようで、具材が入った大きなアルミ皿がIHコンロの上で熱されていた。友人達に遅れたことを一言詫びて僕はみんなと同様、具材に熱が通るまで待機していた。

 

 オーストラリアでは外にIHコンロが設置されていることが多いようで誰でも無料で利用ができる。自分達で炭などを準備しなくていいのが楽な反面、熱が弱く空腹の者にはなかなか辛いという弱点もある。

 

 待っている間に一人のご婦人が興味深げに僕たちのチーズタッカルビを覗き込んでいたので僕が対応させてもらうことにした。

 

「こんにちは!これ、チーズタッカルビって言って韓国の料理なんです」

「チーズタッカルビ?知らないわね。でも美味しそうね」

「僕も食べたことがないんですが、韓国の友人監修なので美味しいと思いますよ」

「え?あなたは韓国人じゃないの?」

 

 僕はネイティブにお墨付きのコリアン似である。間違うことは詮無いことである。ちなみに今回の会の参加者は日本人5人、韓国人1人、スペイン人1人という構成になっていた。僕はこのロニーと名乗る可愛らしいご婦人ともう少し喋ることにした。

 

「いや、実は彼女(韓国人)以外は日本人です。後、彼女はスペインから」

「そうなのね。でも私は韓国も日本も大好きよ」

「ありがとうございます。ところで今日はこれから何をされるんですか?」

「私達は長めの休日を取ってアデレードから旅行中よ。今日はキュランダに行くつ

 もり」

 

 ちなみにキュランダとはケアンズの名だたる観光地の一つである。ケアンズからキュランダという土地までの山沿いが線路で繋がっており、列車で山並みを眺めながら運行するというのが見所だ。ちなみに僕は「観光地」と名前がつくものにあまり関心が寄せられないという一種のアレルギーを発症させているため、御多分に漏れずこのキュランダというのも今の今までネットで調べるまで実態が分かっていなかった。

 

「そうなんですね!今、僕は学生なんですが卒業したら豪州を回ってみようと思っ

 ています。アデレードにも是非行ってみたいと思っていました」

「うちの主人がヘリコプターの操縦士でね。アデレードに来たら是非、連絡をする

 といいわ。スカイダイビングに連れて行ってあげる」

「本当ですか!いつかしたいと思っていたのでありがたいです。で、その…」

 

 ロニーは僕の言わんとすることに気づいたのか携帯電話を取り出した。

「私の電話番号を教えておくから、アデレードに来る前に連絡をしなさい。」

「ありがとうございます!必ず行きますのでよろしくお願いします。」

 

 

 僕は電話番号を控え、ロニーと彼女の夫であるロンと固く握手をした。ロンは見たところ60歳も半ばといった見た目だったが若々しく、さすが現役でヘリコプターの操縦士をしているだけある、と言う感じの精悍さがあった。

 

 

 

 一通り会話が終わり、仲間の元に戻るとIHの火力が弱く未だに熱しきれていないようで全員が手持ち無沙汰にしていた。その時、少し離れたステージから音楽が流れ始めた。ライブミュージックだ!昨日のステージでの僕の奇行を見ていた友人たちが僕に踊って来るように促す。僕も手持ち無沙汰よりは、音楽に合わせて踊っている方が幾分気も晴れそうだったのでステージ前に向かった。

 

 

 ステージ上では3人の演奏者が並んで演奏をしている。その前では半裸のおじいさんがノリノリで踊っていた。このおじいさんすら恥も外聞もなく踊っているのに、若者の僕が敗れるわけにはいかない。負けじと僕はおじいさんの隣に付き踊り始めた。

 

 一曲終わり、次の曲の間に僕たちは握手を交わした。彼はライメンと言った。右手が不自由だったようで、僕は差し出した右手を左手にすり替え握手をし次の曲を待った。

 

 

 そのしばらく後に事件は起きた。確か曲はエリッククラブトンの「レイラ」がかかっていたと思う。コーヒーのBOSSのコマーシャルで一時期流れたアレだ。ライメンの踊りが先ほどよりも激しくなり表情が恍惚としている。その様子を傍目から見て若干の危険信号が僕の心の中に灯った。

 クラプトンによってトリップしたライメンの踊りはどんどん激しくなり、ついにその時は来た。彼の半ズボンの裾から豪快な音を立てて水が流れ出て来たのだ。半裸のライメンに水筒などを仕込む余地はなく、それは明らかに尿だと分かった。それに対して何故か引くと言うよりは「おいおい、このじいちゃん仕方ねえな」と言う諦念のようなものを抱いた理由はおそらく、尿漏れを起こしても尚、踊り狂うライメンに親しみを感じていたのかもしれない。僕が来る前まで彼が踊っていた僕の足元の芝生が湿っていたのは、おそらく朝露のせいだろうと思っておくことにした。

 

 

 そんな折にショウゴがムービーカメラを持って僕を呼びに来た。どうやらタッカルビが出来上がったらしい。この気の良い男には隣で踊り狂う初老の男性が決壊を起こしたことなど知るよしもなかろう。そんなことを思いながら、この場から連れ出してくれた彼に感謝をして僕は会場に戻った。

 

 僕を除いた計6人の努力のお陰でチーズタッカルビはとても美味しく仕上がっていた。具材は鳥肉とキャベツ、玉ねぎ。それをコチュジャンや塩などで味付けし、チーズがいい具合に絡んでいる。この会を主催してくれたユリから散々、辛いことを警告されて覚悟ができていたためか、そこまで辛くなく、むしろ絶妙な味付けだと言えた。

 

 ある程度食べたところでアルミ皿に白米を投入する。少し調理をすればチーズリゾットの完成である。この案を思いついたユリに心から感謝をした。

 

 

 食べ終わると、どこからともなくアイスでも食べたいと言う声が聞こえて来た。僕は出番だと思った。遅刻をし、調理も手伝わず、ただただ踊り、飯だけ頂く不届き者が活躍できるのは今ここしかないと見極めた僕はひとっ走りアイスを買って来ることにした。と言っても、道連れに韓国人のジョンに同行してもらったのだが。

 

 無事、安くて大きいファミリーアイスを購入し終えた僕達は急いでアイスが溶ける前に会場に戻る。みんなが喜んでくれたので一先ず胸を撫で下ろした。

 

 

 

 後片付けが終わると流れ解散となった。残ったアイスをかきこみ、どうせ予定もなかった僕は元の場所で読書をすることにした。その読書もしばらくすると雨が降り出し中断を余儀なくされた。帰宅することにしよう。

 

 

 

 家に帰ると家にはラッセルだけが眠っており、他のものは出かけていた。トムとポーラは新居の準備に忙しくしているし、ジョンとジョセフィーナはカジノに忙しい。そんなこんなで週末の夜は割と一人でいることが多くなっていた。

 

 

 シャワーを浴び、ベッドで『インドクリスタル』を読んでいると僕はいつの間にか眠りに落ちていた。

f:id:hira-jasorede:20180708181831j:plain