じゃそれで(Up to you)

オーストラリアで旅をしながらお仕事をする生き方を実践しています。

停滞

単調な日々が続くのは自分が新たなことに触れていない証拠である。ここ最近、街への探索も辞めてしまって学校と家の往復のような生活になってしまっている。ホームステイや学校という活動する上での制限を言い訳にしてしまって、遠出をすることが億劫になっていた。

 

要するに暇だった。時間が余ると先行き不透明な自分の将来を憂うことを強いてしまう感がある。そんなことは無駄だとは知りながら。

 

そういうわけで僕はここケアンズに来ながら、学校以外の時間は部屋に引きこもって読書をするというどう考えても時間の浪費をしていた。

 

そんな気持ちで生活をしているせいか、朝登校してから、マナに教えてもらうまで虹が出ているということにすら気がつかなかった。

この出来事は僕が外界に全く目を向けておらず、そのせいでここ最近の生活が新鮮味に欠いているということの証左に他ならなかった。

 

 

この日の授業は、各人がお気に入りの偉人を出し合いそれについてペアワークで発表準備を行うというものだった。僕はこういうときはネルソン・マンデラを挙げる。それは9割が本心であり、1割は有名人を挙げなければという空気を読むが故だ。

 

と言っても、自分の挙げた偉人を調べるのではなくクジ引きで発表する偉人については決められる。僕とペアのユウタに振られたのはキュリー夫人だった。なんてことだ、僕はこの女性の名前しか知らないのだ。こうなれば前知識無しで英文読解に取り組むしかあるまい。

 

他ペアが共同作業をしている中で、僕はユウタに提案をした。先に発表の構成だけを決めておいて役割分担をしようというものだ。いたって普通の提案だったが周囲のペアは二人で同じ作業をしているため、この提案が通れば僕たちだけ別々で作業をすることになる。

 

何もユウタを避けたというわけではなく、より効率化を測ることで宿題になることを避けようという至って健全な目的だった。まあ、ペアワークが苦手だということも少しは関係していたが。

 

 

僕の説明が悪いのか一向にユウタは要領を得ない。他ペアが順調に歩幅を合わせて進む中で、この提案にあまり納得がいかなかったということもあったかもしれない。結局僕の提案は理解してもらえたが、若干不穏な雰囲気を醸し出してしまった。

 

作業をしながら僕はどのように伝えればよかっただろうと少しもやもやした。二人で一つの英文を作るなど時間の浪費でしかないと思った僕は、少しでも効率的に事を進めることが二人のためになると思っただけなのだ。彼よりも五つも年下の僕がペアワークの主導を握ったのが少し生意気に取られたのかもしれない、あとで一言詫びを入れておこう。発表の日までは何よりも大切なペアなのだ。

 

 

僕の暗澹たる思考とは裏腹に僕たちの作業は目算通り効率的に進んだ。後は明日の作業時間に行う共同作業を確認しあい、それまでに各自終わらせておくべき最低限の課題を逆算する。この日は僕からユウタに声をかけたこともあり、円満に授業を終えた。

 

 

 

 

 

この日は家にすぐに帰り、以前書いたリロケーションシステムを探っていた。卒業を来週に控え、そろそろホストハウスから追い出された後の生活を考える時期に差し当たっていたのだ。

 

ちなみにこの「リロケーションシステム」というのを再度説明すると、レンタカー会社の回送を客がやってしまい、その代わり値段は無料か格安だというなんとも画期的なシステムである。

 

 

とりあえずケアンズから出てメルボルン方面に向かえるものがあればいいだろう。そうなるとゴールドコーストブリスベンシドニー、もしくはメルボルンまでそのまま行けるものか。それは少し勿体無い気がするからどこか一つくらいは都市を挟んでみよう。と、言うわけで僕がホストハウスを失う7月15日以降の日取りでケアンズピックアップのものをいくつか見繕ってみた。

 

 

その中で条件に合いそうなのは、17日から最大10日間借りられるケアンズ発、シドニー着のキャンパーという型の車両だった。いわゆるこのキャンパーという型の車は下がトヨタハイエースのようなバンで、その上に寝室用スペースが付属している。燃料も2回分はレンタカー会社が支出してくれるようだ。

 

これならば時間をかけてゆっくりとシドニーまでの道を旅することができそうだ。すでに一件の予約リクエストが入っていたが、まだ確定していないようだったので僕も早速申し込みをしてみた。問題としては15、16日の宿をどうするか、だがこのことについては得意の先送りで忘れることにした。どちらにせよまだ予約は確定していないのだ。今から悩んだとて詮無いことだ。

 

 

 

 

それにしてもこのシステム、僕のような貧乏旅行者にはかなりありがたいシステムではないか。Webサイトを見てみるとどうやら豪州大陸の都市のある部分はほとんどがカバーされている。まあ、レンタカーショップがあるところではどこも似たようなシステムを採っているのだろう。安全運転に気をつければ、この豪州内どこにでも行けるではないか。それもほとんど無料で足が手に入るのだ。車中泊と風呂の類に目を瞑れば最高のシステムだ。

 

今回のキャンパーとて燃料2回分の保証に加え、4500Kmまでは走り放題だ。ケアンズからシドニーまでは2000Km弱。かなり道草できる場所があるかどうかはさておき、走行距離にかなりの猶予が残っているのは明らかだ。僕はまだ予約の確定が済んでいないにも関わらず、シドニーまでの車旅を思い描いて思わずニヤケてしまうのであった。

 

この日はついでにホストハウスからの出立を見越してガムツリーと日豪プレスに自転車の買い取り募集をしようと思っていたが、前述の通り結構な時間を夢想に使ってしまっていたために明日に回すことにした。

 

 

 

ちょうどそんなことを考えていた頃に夕食のいい匂いが僕の部屋まで届いて来た。それに気づいた瞬間、現金なもので急にお腹が空いて来た。素直に食卓に向かうことにする。

 

 

今日のメニューは、ミートパスタとカレーライスという男ならみな小躍りするに違いない献立となっていた。どうやらこの家に僕とレイモンドという大食漢が揃ったことがジョセフィーナのメニューに影響を与えているのだろう。

 

ジョセフィーナのミートパスタは前回にも食べたことがあったが、今回はフジッリ、いわゆる渦巻き状のショートパスタだ。これにこれでもかとひき肉が入ったミートソースを惜しげも無くかけていただく。前回はスパゲッティだったのだが、フジッリだとまた違った種類の料理のように感じる。一応、パスタへの礼儀としてフォークを使っていた僕は途中から我慢できなくなりスプーンを使ってかきこむように食べた。酸味が強いけれど、ひき肉がふんだんに使われているためか甘みというか、旨味がしっかりと付いている。トマトソースとひき肉だけのシンプルなソースのため、フジッリにもとても絡まりやすい。ジョセフィーナの料理手腕はかなりのものだがその中でもこのミートパスタとフィリピンの角煮フンバが一二を争う旨さだ。

 

カレーライスはベジタリアン仕様で、肉の代わりに絹ごし豆腐が入っている。それ以外には玉ねぎとトマト。あっさりとした味付けでスープカレーに近いルーだ。日本のカレーは茶色に近いけれど、彼女のカレーは黄色に近い色をしていて、味についても日本にいた頃インドカレー屋で食べたスパイスの効いた味付けに近かった。僕はこれをスープと勝手に仮定し、パスタをメインとした。と言ってもしっかりと白米とともに食べたのだが。

 

 

 

食後はテレビを見ながらコーヒーで一服をした。そういえば最近、ニュースの英語は少しずつ追えるようになって来たことにこの時気がついた。と言っても聞き取った単語を頭の中で組み立てて文意を察する、という段階だ。もちろんだが英語と日本語では主語や述語などの順序、文節の組み立てが全くもって異なる。言葉を順々に追ったとしても、文全体の意味を汲み取るのはなかなか難しいのだ。その文が長くなればなるほど、つまり修飾語がつけばつくほど難解になる。よって単語を聞き取り、文意を汲み取るのが今の僕には精一杯だ。それにしてもどうしてオーストラリアの人たちはこんなに早口なんだろう。こんなに早口では母国語話者同士でも聞き取るのに苦労するのではないか、というナンセンスな心配をするときがたまにある。

 

 

 

夜7時になるといつもポーラとジョセフィーナが見る連ドラが始まるので僕は自室に引き上げた。いつも彼女たちはこれを見ながら爆笑しているのだが、僕にはこのドラマの面白さがなかなかわからなかったのだ。これは言語がわからないから、というよりは趣味趣向の問題であると悟って以来、僕はこの連ドラを見ることはやめてしまった。